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越乃雪

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「日本三大○○」というのも、各方面でいろいろとありますね。
その中でも、「日本三大夜桜」のひとつ 高田城 百万人観桜会、「日本三大花火大会」のひとつ 長岡まつり大花火大会 を誇る我が県には、「日本三大菓子処」といわれる三県を差し置いて、その筆頭に名を連ねる「日本三大銘菓」と呼ばれる和菓子が存在します。
それが、越乃雪本舗大和屋の 越乃雪(こしのゆき)です。
大和屋の越乃雪

そもそも、和菓子界における「日本三大銘菓」とは

一般的には、我が県の越乃雪本舗大和屋「越乃雪」をはじめ、金沢森八「長生殿(ちょうせいでん)」、そして松江風流堂「山川(やまかわ)」のことを指します。いずれも良質な地元産の餅米に、今や貴重となった上質な和三盆糖を原料としている「落雁」と呼ばれる干菓子ですが、時としてそのひとつを、博多松屋利右衛門「鶏卵素麺(けいらんそうめん)」と入れ替えられることもあります。
上記「落雁」とは大きく異なり、卵黄が使われた南蛮由来な香りのする和菓子です。場合によっては、この4つ全てを「三大銘菓」として扱うケースもあるようです。

いずれにしても、今や星の数もある和菓子の中、上位トップの銘菓たちの一つが、この「越乃雪」と認められていることに違いはありません。
 大和屋の越乃雪
原材料は実にシンプル。地元産餅米の寒晒粉に、四国産の和三盆糖を配合したもの。寒晒粉は、炊いた餅米を天日干しにするという行程を経た独特の製法。和三盆糖も、越後の湿気を含ませつつ寝かせたものを使うという、目に見えない部分での作り手の拘りをも感じられるものです。

基本、米と砂糖だけの組み合わせなので、添加物など一切使わずとも、常温保存で20日と賞味期限も十分あるので、時代を遡り、ちょっとした手土産で全国に広まり、知名度を得ていったのだと思われます。
 大和屋の越乃雪
そんな「越乃雪」が誕生したのは、江戸時代の安永7年(1778年)のこと。
時の長岡藩・9代藩主であった牧野忠精公が病に伏せった折、家来の一人に相談された大和屋が、病に伏す藩主のため新たに菓子を作って献上したことに始まります。それを食べた藩主は食欲が戻って回復し、その美味しさから「一人で食べるには勿体ない」と仰り、越路の山々に降る雪になぞらえて「越乃雪」の銘を与えられます。以来、文化6年(1809年)からは藩の贈答用菓子として大活躍!参勤交代の贈答品としても大変に喜ばれ、江戸でもその名が知られるようになると、庶民の間でも冠婚葬祭などで使われるようになったそうです。

包み紙を開けると、木箱の上に、銘菓のしおりが添えてあります。
描かれているのは、明治初期の大和屋の全景です。
 大和屋の越乃雪

しおりの下からようやく、商品の入った木箱が顔を覗かせます。
 大和屋の越乃雪

木蓋を取ると、また別のしおり入り。こちらには、「越乃雪」についての説明書きがあります。
 大和屋の越乃雪
「米百俵の精神」でも有名な小林虎三郎は、師である佐久間象山への贈り物としていたという話。私の中では「川西屋本店」の酒まんじゅうのイメージが強い山本五十六元帥も、この越乃雪を上手に召し上がっていたという話。。。河井継之助を初め、長岡の幕末から明治、大正、昭和かけて活躍した多くの人々の味覚をも楽しませてきた銘菓。県を代表する偉人たち以外にも、明治天皇の北陸ご巡幸の折は御在所のお茶菓子となり、それに随行してきた岩倉具視、大隈重信たちはお土産として買い求めて行かれたそうです。
時を越えて受け継がれ、私たちも今、先人たちと変わらぬ味がいただけるというのも、何とも嬉しい限りです。

我が家が購入したのは一番小さいサイズで、角砂糖くらいの大きさの越乃雪が16個入ったものです。とても繊細な銘菓は、2枚の奉書紙に大事に包まれ、木箱の中にキッチリと入っていました。仕上げに粉砂糖がまぶしてあるので、見る角度によって、雪のようにキラキラと見えるのも特徴です。
 大和屋の越乃雪
崩れやすいのでパクッ!と一口で放り込むと、和三盆糖の甘さが口いっぱいに広がります。そして、ホロホロッと崩れてスッと消えて無くなってしまう。濃い抹茶と一緒だと、さぞ美味しいだろうな。。。と思っていると、和三盆糖由来の強い甘みにも関わらず、後味がすっきりしていて、次第に引いてゆく甘さの余韻が心地よい。とても素朴ゆえに、自然そのものをいただいている贅沢感がありました。

 大和屋の越乃雪
多くの偉人たちも召し上がった銘菓。。。この人は一体どんな味に感じたのだろうか?と思うのが、29歳の若さでこの世を去った、幕末の志士・高杉晋作。亡くなる10日ほど前、見舞いでもらったのだという「越乃雪」を、傍らにあった松の盆栽に雪に見立てて振りかけ、末期の雪見をしていたという話が残っています。力を入れずとも崩れてしまう儚さと、若くにして散ってしまった生涯が重なるようで、晋作が味わった最後の一欠片は、もしかしたら苦かったのかも!?と想像させるエピソードです。

「越乃雪」溶け、今年の雪も融け。。。
日本三大銘菓のひとつ、ご縁がありましたらあなたも是非!

越乃雪本舗 大和屋 (創業安永7年 / 1778年)
住所 長岡市柳原町3−3  地図
営業時間 9:00~17:30
定休日 サイトで確認のこと
URL http://www.koshinoyuki-yamatoya.co.jp/
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Comments 6

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めぐみ  

No title

口の中に蕩ける和三盆の味が分かる気がします。
美味しそう!!
関西では砂糖で作るお干菓子がお茶席で出されます。

似てるかも・・・ですね。

高杉晋作のお話は命のはかなさを感じさせます。

2018/03/12 (Mon) 14:45 | EDIT | REPLY |   
そふぃあ

そふぃあ  

Re: めぐみさんへ

和三盆糖そのままの甘さの上品なお菓子でした。
生菓子も良いですが、こういう干菓子がお茶席で出されても嬉しいですね。
地元からはかけ離れた場所で、こういう話があると知ると、とても不思議な気持ちがします。
それもまた、現代に息づくお菓子だからでしょう。

2018/03/12 (Mon) 15:07 | EDIT | REPLY |   

栗千代  

三大銘菓

日本三大銘菓のトップに君臨するお菓子なのですね。
甘党なのに私は山川しか食べた事無いです(汗)

砂糖が貴重だった時代から
変わらず作り継がれているってすごいです。

高杉さんは、桜は見れたけど
次の雪は見れないだろうなと思っての行動だっらのかも。。。

2018/03/13 (Tue) 19:13 | EDIT | REPLY |   
そふぃあ

そふぃあ  

Re: 栗千代さんへ

山川、召し上がったことがあるんですね!
私もいつか食べてみたいです。
貴重な砂糖を使ったお菓子は、食べた人がみんな笑顔になったと思います。
自分の死期を感じていた高杉さんのお話だけは、このお菓子を食べる度に思い出して切なくなりそうです。

2018/03/14 (Wed) 07:49 | EDIT | REPLY |   

さいさん  

No title

高杉晋作も食べた和菓子、機会があったら食べてみたいです♪

2018/03/17 (Sat) 17:16 | EDIT | REPLY |   
そふぃあ

そふぃあ  

Re: さいさんへ

和三盆糖の甘みそのままの、素朴なお菓子でした。
機会がありましたら是非!

2018/03/17 (Sat) 22:03 | EDIT | REPLY |   

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