お出掛け

糸魚川の今

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----- Sunday, January 28, 2018 ----------
せっかく能生まで来たこともあり、1年ぶりに糸魚川火災の被災地を訪ねました。

前週はこちらで「あんこう祭り」が開催されていたわけで、きっと駅前も賑やかだったのだと思います。この日はごく普通の1日で少し閑散とした印象。しかも、能生ではあんなに良いお天気だったのに、糸魚川に移動してくる間に、真冬らしい鉛色の空色に。

駅の有料駐車場に車を停めると、そこからトコトコと商店街まで歩いてきました。現在、仮店舗で営業しているお店も見られました。

この場所、火災前には「あんこう祭り」のメイン会場となったところ。そして火災の後、何度もニュースで映し出されていた場所です。

上写真は、昨年の「糸魚川あんこう祭り」でお邪魔した際(2017年1月22日)の北越銀行糸魚川支店の様子です。いち早く「がんばろう糸魚川!」の垂れ幕が掲げられて復興へのシンボルとなり、皆さんも何度も目にされたことと思います。丁度この時、銀行の新しい看板を取り付ける作業が始まったところでした。

あれから1年。。。すっかり綺麗になった外装の銀行は、何事も無かったかのように静かに業務を続けていました。

こちらは、創業慶安三年(1650年)の老舗酒蔵である加賀の井酒造㈱さん。酒蔵の煙突が空しい。。。お気の毒に、工場は全焼でした。

火災後は、場所を富山の黒部に移して酒造りを続け、現在建設中の新しい工場も、今年春には完成の予定だそうです。糸魚川は県内屈指の硬水が出る地域なので、また慣れ親しんだ硬水仕込みの、地元復活第一号の酒を期待しているファンも多いことでしょう。

加賀の井さん周辺は、火災現場の中央付近にあたるので、家屋はほぼ全滅のお宅が多かった場所です。北国街道の宿場町らしい密集した古い家並みが、火災の際には大きなダメージをもたらしました。

ここにお住まいだった人々はどうされているのか?現在は「社会実験実施中」ということで、更地になった場所を広場として自由開放していました。

前週の「あんこう祭り」の際、子どもたちに遊んでもらおうと、雪山やかまくらがつくられたものが残っていました。

電柱や信号機まで新しいですね。

区画整理が終わった場所から、順次、家が建て直されているようで、足場の掛かった状態のお宅が多かったです。

火元のラーメン店があった付近。
昨年11月には、元店主に有罪判決が出ましたね。
30時間にも及ぶ消火活動、147軒の被害。。。人的災害としては大き過ぎますね。

宿場町だったせいか、内に籠るタイプが多い県民性の中、糸魚川の人たちは明るく社交的で、誰にでも優しい気がします。火災直後の昨年は、さらにそう感じました。
これからもイベント参加など、自分でできる範囲で糸魚川を応援していきたいと思います。

----- Dawn太 2歳11ヶ月(生後1070日)-----


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