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がんばれ糸魚川!

2017年01月28日
お出掛け
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糸魚川復興応援

今年の糸魚川あんこう祭りのイベント会場では、あちこちで糸魚川火災の復興支援活動がされていました。

ご当地B級グルメ「ブラック焼きそば」を販売する、糸魚川うまいもん会のブース。
糸魚川うまいもん会

ブラック番長も姿を見せ、募金活動やグッズ販売促進に一役買っていました。
ヒスイの原石と一緒に写るのは、こちらで購入した復興支援缶バッチ(¥300)。売上金の全額が、義援金として糸魚川市へ寄付されるそうです。
ブラック番長はLINEスタンプにもなっているので、その購入も支援になるようです。
ブラック番長缶バッジ

こちらは、あんこう汁の販売会場内。
あんこう祭り会場

こちらにも募金箱が用意されていたので、朝イチで心ばかりの寄付を。
あわせて、応援メッセージで木にサクラの花を咲かせようという企画もあり、我が家も3人で1枚ずつメッセージを書き、サクラの花を貼っていただきました。
応援メッセージで木にサクラの花を咲かせよう

あんこう汁が完売になった頃、改めてこの場所を訪ねてみると、多くのメッセージで、サクラの木も満開になっていました!

糸魚川の今

今年のイベント中は、ほぼ雨の状態でしたが、たま~に雲が切れる時間帯もあり、そんなお天気の様子を見ながらDawn太のトイレタイムも兼ねて、火災現場となった本町商店街まで歩いてみることにしました。
糸魚川駅前

復興応援の横断幕の下にあるのが、糸魚川駅前にある奴奈川姫のブロンズ像。
奴奈川姫の右手と握手しながら願い事をすると願いが叶うといわれているので、糸魚川の1日も早い復興を願いながら、私も握手してきました。
Dawn太_699日_糸魚川

奴奈川姫を背にし、道の突き当りにある日本海方向を見たところです。
火災ニュースでも散々ご覧になったと思いますが、駅前からのこの1本道。日本海まで僅かに400mという距離の間で、この道を境に、右と左で「天国と地獄」でした。
糸魚川_天国と地獄の境目

駅前から歩き出して、丁度半分の距離のこのあたり。大きなヒスイの原石が置かれた、この公園の角を左手に曲がると
Dawn太_699日_糸魚川

昨年までは「あんこう祭り」の会場にもなっていた、雪国らしい大きな雁木も印象的な本町商店街へと到着です。
糸魚川雁木通り

あんこう祭りになると、この角を曲がったところから商店街の奥へと向かい、地元の方々出店の屋台や、浜焼きコーナーなどが建ち並んだものでした。
2015年のあんこう祭りの街中

▲上写真で、赤い看板が見える場所 ▼焼け残った北越銀行糸魚川支店です。
火災鎮火後の26日に垂れ幕が下げられ、復興へのシンボル的建物になっています。
Dawn太_699日_糸魚川

隣に見える、瓦礫の片づけが終わりそうな場所の前道路が、これまでのあんこう祭りでメインステージとなり、大抽選会で盛り上がった、私たちにも思い出の場所でした。
2015年あんこう祭り会場の様子

実は我が家、火災現場に来るのは今回が2度目になります。
前回訪れたのは、年末の29日。年越しに加賀の井さんのお酒が欲しくて探し求めているうち、結局は糸魚川までやってきてしまったので、現場前を車で通過しているのです。

確かにその時から比べれば、さらに時が3週間経過しているので、重機が入り、撤去作業が行われていることも分かるのですが…。焼け残った建物の無残な姿を目の当たりにする度、まだ殆ど進んでいないのと同じように感じてしまうのです。
焼けた糸魚川の町

火災家屋の解体撤去作業は、住民の許可が下りた住宅が、住民立ち合いの上で行われるとのこと。この日は、この建物後方のお宅で、すっかり家屋の片付けられた敷地内から、貴重品や思い出の品が残っていないか、地面をさらいながら、住民が1つ1つ確認するような作業が行われているのを目撃しました。
とても地道で、根気のいる作業なので、147棟全部に手が入るには、まだまだ時間が必要なのでしょう。

もらい火で全焼し、すっかり焼け落ちている家も多いというのに、火元となった中華店が、全焼といいながらもまだその形をとどめていたことにも、何か残酷なものを感じました。(こんなこと書いて、ブログ炎上しないですよね?)
火元となった中華店は、あんこう祭りから2日後に、完全解体されました。
私が見たニュース映像では、重機によってはぎ取られ、地面に落とされた黄色い看板がずっと映し出され、まるで見せしめのようにも感じました。

たった1人の不注意で、家も、思い出も、ほんの一瞬で無くなってしまう…。
創業慶安3年(1650年)、県内では最古の老舗酒蔵である加賀の井酒造さんも全焼となり、この無残な状態!
瓶詰され、出荷目前にだった日本酒数千本も全て焼失し、その被害額は億単位に及ぶともいわれています。
焼けた加賀野井酒造

江戸時代、この糸魚川という場所は、加賀百万石の参勤交代の宿場でした。承応元年(1652年)加賀前田家三代・前田利常公の時代、加賀の井さんに本陣が置かれたことから、越後にあって「加賀」の名を持つ酒蔵なのです。
若き18代目の蔵元は、早くも再建に向け、他に場所を確保しての酒造りを宣言されました。

加賀の井酒造さんは「糸魚川5蔵」のひとつでもあります。
この地で再び、ご自慢の酒を仕込んでくれる日がくること、切に願って止みません。
加賀野井酒造の酒樽

実はこの時、焼けて真っ黒になった北越銀行の看板が、真新しい真っ赤な看板へと交換されていたのです。
Dawn太_699日_糸魚川

一歩一歩着実に、糸魚川は復興へと歩み始めています。
義援金ばかりでなく、グッズ購入やふるさと納税でも応援できます。
もうしばらく温かく見守り、そして、もう少し応援してあげて下さい!

----- Sunday, January 22, 2017(Dawn太 1歳10ヶ月|生後699日)-----
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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