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釜蓋遺跡

2017年01月14日
歴史を訪ねて
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前記事の1枚目写真、商業施設 FURUSATTOの遠景は、こちらの施設前から撮りました!

斐太遺跡群 釜蓋遺跡

FURUSATTOが北陸新幹線の上越妙高駅西口より徒歩1分という立地なら、こちらはその西口から徒歩3分という、新幹線最寄り駅に一番近い場所にある史跡。

なんでも、北陸新幹線の工事に伴って発見されたという話。
北陸新幹線開業に合わせて史跡公園として整備が進められ、発掘された遺跡部分は釜蓋遺跡公園として、出土品の一部を釜蓋遺跡ガイダンス にて一般公開しています。
釜蓋遺跡

国史跡の釜蓋遺跡は、弥生時代後期から古墳時代前期頃(約1,800年前)に使われていた、周囲を濠で囲まれた環濠集落と呼ばれる珍しい遺跡です。濠に囲まれた建物グループが、4か所ほど認められています。

この周辺地には他にも「吹上遺跡」や、上杉家の御館の乱で、景勝に対立していた景虎が最期を遂げた 鮫ヶ尾城 の城山麓には「斐太遺跡」が存在し、これら3つを総称して「斐太遺跡群」と呼ばれています。
釜蓋遺跡

青田川が流れる豊かな土地に、弥生時代中期(約2,200年前)から古墳時代中期(約1,700年前)の人々が暮らした「吹上遺跡」は、糸魚川で産出されたヒスイを、勾玉に加工していたと伝わる場所。また、約1,800年前の人々が暮らした「斐太遺跡」は、日本では唯一、現在でも竪穴式住居跡が半埋没状態で見学できる場所。何よりも凄いのは、当時国内の全人口がおよそ69万人ほど。あの有名な登呂遺跡で20戸50人程度の集落だったという時代に、桁違いの200戸に5~600人が住んでいたとつたわる(現在の人口に換算するとおよそ8万人だそうです)、東日本最大級の集落であったことではないでしょうか。

ヒスイ、勾玉、この人口密度。弥生時代、奴奈川の国だった可能性もある土地柄かも知れないと妄想すると、またワクワクしてきますね。
釜蓋遺跡

史跡標柱の建つ、この長い芝生広場の部分、集落があった時代には、幅10mもある天然の川が流れていた場所だそうです。川は集落を繋ぐ環濠に流れ込み、また、ここから10㎞先にある日本海にまで繋がり、その水運によって物流がされていたようです。
釜蓋遺跡

柵の向こう側一帯が、5ha(東京ドーム相当)の遺跡部。
手前に2号環濠跡、奥に3号環濠跡がありました。
発掘調査が終わり、全て埋め戻されていますが、所々に見えるブルーシートやポールが目印となり、またいつでも調査できる体制になっていました。
釜蓋遺跡

当時の面影は無くなり、それを証明するものは全て地中の中ですが、遺跡の西側に眺む青田難波(南葉)山(949m)、籠町南葉山(909m)、さらに左には妙高山(2,454m)、黒姫山(2,053m)、飯縄山(1,197m)
釜蓋遺跡

太古の人々も、同じ山々を眺めながら生活していたのでしょうか?

釜蓋遺跡ガイダンス

遺跡公園に隣接し、上越市歴史館「釜蓋遺跡ガイダンス」があります。
釜蓋遺跡ガイダンス

館内は出土品の置かれた展示室のほか、土器や勾玉、土笛作りが体験できる体験学習室も設けてありました。展示室の入口には貫頭衣の試着なども用意されていて、思い出記念写真も撮れますね。

【白い土器と赤い土器の展示】

吹上遺跡より(約2,100年前)
釜蓋遺跡ガイダンス
  • 白い土器は、石川県小松市の「八日市地方遺跡」のもの(北陸系)
  • 赤い土器は、長野県長野市の「松原遺跡」のもの(信州系)
北陸系、信州系のこの両方が、吹上遺跡から出土しています。
釜蓋遺跡ガイダンス

集落が形成された当初、盛んに勾玉作りがされていた約2,200年前は、北陸系の土器がその7割程度を占めて多く用いられており、その100年後、勾玉作りが衰退し、大きな墓がつくられる時代になると、今度は逆に信州系の土器が7割以上を占めるという暮らしになります。さらに200年後(約1,900年前)、大きな墓の周りに小さな墓がつくられる時代になると、その9割程度を北陸系土器が占めるようになると、時代によって、その暮らしによって、交流の仕方によって、様々変化しています。

【はぎとり標本】

釜蓋遺跡ガイダンス

釜蓋遺跡の環濠の、地層断面のはぎとり標本です。幅は7mほどもあり、環濠の実際の深さや大きさが実感できます。その断層から、幾度も洪水が起こっていることが分かります。

【炭化米】

釜蓋遺跡ガイダンス

平成21年の調査で、部分的に掘った焼けた竪穴式建物跡から、約2㎏(約3升2合6勺)およそ26万粒の炭化した米が見つかりました。出土米は粒が並んだ状態のものもあり、穂の状態のまま保管されていた可能性もあり、次期の田植え用の種もみとしての保管だった可能性もあるそうです。

【文化のクロスロード】

吹上遺跡・釜蓋遺跡出土品より
釜蓋遺跡ガイダンス

先に登場した北陸系、信州系土器のほかにも、近畿北部系、東海西部系、東北南部系など、様々な地域の土器が出土していることから、太古の時代から北陸地方や信州方面をはじめ、各地と文化交流のある巨大都市が築かれていたのではないでしょうか。
釜蓋遺跡ガイダンス

まだまだ発掘途中で、謎を多く秘めたままの釜蓋遺跡。
さらなる発見も楽しみな場所です。

----- Sunday, January 8, 2017(Dawn太 1歳10ヶ月|生後685日)-----
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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