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【Part44】茂右エ門清水

2016年05月04日
Dawn太と行く名水の旅
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糸魚川市にある「長者ケ原遺跡」を訪ねました。
ここはヒスイ玉や石斧の生産・交易拠点として縄文中期に栄えた、北陸最大級ともいわれる大規模集落跡で、国の指定史跡になっているところです。
長者ケ原遺跡

長者ケ原遺跡の縄文の水辺広場にて茂右エ門清水探し

遺跡公園内にあるのが、この「縄文の水辺広場」。縄文人の食料であった木の実のアク抜きや、飲料水として利用されるなど、この集落に暮らす人々の生活を支え、遺跡の形成に、深い係わりをもつとされる水辺があった場所です。

5世紀の古墳時代、9~12世紀の平安時代になると、ここでは湧水を祀る儀式も行われたようで、土器や陶器などが投げ込まれ、建物跡もあったそうです。
縄文の水辺広場

広場に架かる木橋上からも、確かに水の流れが確認できるのですが…
縄文の水辺広場

水辺に下りられる状態ではなく、「東側の急斜面を掘り込んだ湧水」という説明が見られたので、来る途中、広場東側の斜面下にあった流れがそうなのではないか?と、再びそちらへ行ってみることにしました。
縄文の水辺広場

段丘檪層からの湧水で、縄文人の生活を支えた茂右エ門清水と呼ばれているものです。
茂右エ門清水探し

水飲み隊長、湧水で手足を冷やしながら、入念にチェックの後…
茂右エ門清水探し

縄文の時代より続く清らかな水を、直飲みで楽しんでいました。
小川の水を飲むDawn太
茂右エ門清水(もえもんしょうず)県の名水
  • 場所 糸魚川市一の宮地内
  • 水量 毎分5L|硬度 12mg/L|PH 5.6

長者ケ原遺跡

茂右エ門清水から、さらに上に向かう道を進んでいくと、縄文時代中・後期(5,000~3,500年前)に栄えた大きな集落「長者ケ原遺跡」を見ることができます。
集落跡の10%ほどの発掘調査では、24棟もの住宅や多くの墓、貯蔵穴、建物などの痕跡が確認されています。現在は、5棟住宅が復元・展示されています。
長者ケ原遺跡

20号住居

長者ケ原遺跡

長者ケ原遺跡

19号・21号住居跡

長者ケ原遺跡

19号住居が破棄され、3,500年前にはその跡を掘り込むように21号住居が築かれています。長期に渡り、住居が繰り返し建てられた集落の営みを物語っています。

1号住居(4,000年前)

長者ケ原遺跡

1号建物

長者ケ原遺跡

建物の周囲には、複数の墓穴に立てられた石を見ることが出来ます。
長者ケ原遺跡

16号住居(4,500年前)

確認された住居跡で、最も小さい建物です。
長者ケ原遺跡

土器捨て場跡

住宅外れの斜面は、ゴミ捨て場だったようです。
長者ケ原遺跡

※さらに詳しい説明は、2010年に訪れた際の記事でどうぞ。

駐車場近くまで戻って来てあった「石の谷」
青海川上流から産出した石が並べられていて、縄文人たちが石斧や玉などに用いた翡翠(硬玉)、軟玉、きつね石、蛇紋岩などが置かれていました。
石の谷

----- Sunday, April 24, 2016 (Dawn太 1歳2ヵ月|生後426日)-----
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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