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【Part32】馬場清水

2015年11月12日
Dawn太と行く名水の旅
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小千谷市にある県の名水 馬場清水

「馬場清水」を訪ねました。(一部では「姥清水」とも記載されています。)
西山山系の湧水は、酒造りにも利用されるほどの美味しい水です。なかでも「馬場清水」は、その昔「飲めば病気が治る」と言われたほどの名水とつたわります。

到着は午後3時少し前。
一見して水量豊富な水場。4方向に設けられた取水口は、大型容器に水を汲む人の姿がたくさん見られました。水の勢いが良いので、あっという間に満タンになり、Dawn太を車から下ろして撮影を始める頃には、水汲み客もひと波去り、ほぼ貸切の状態になりました。
馬場清水
馬場清水新潟県の名水|2012年度
  • 場所 小千谷市大字時水中ノ沢1443-1
  • 水量 毎分54L|硬度 28mg/L|PH 6.5
馬場清水

古くから地元の人に愛され続けてきた水。整備された取水口から流れる水は冷たくクセが無くて飲みやすかったです。
馬場清水

馬場清水は、小千谷市指定文化財に登録されている「時水城址」の登り口にあります。その名からもお分かりのとおり、清水は時水城址の「馬場」に位置するゆえ、この名があります。
時水城は、小千谷市と長岡市小国地区を分けて南北に走る刈羽丘陵(通称:城山)に位置し、「夏城」と、出城のような役目を持っていた「冬城」から成る山城です。南北朝時代は新田氏の将・小国氏の要害であったといわれ、さらに正平年間(1346年~69年)に、上杉氏の将・曽根氏の根拠地だったと伝えられています。謙信公に叛いたため、天文12年(1552年)に稗生城主・平子氏に攻め落とされたと伝えられますが、徴証はないとのことです。

その夏城・実城に至る郭の一つに、城の水の手だったと思われる「お茶水」と呼ばれる湧水池が残り、現在でも水が湧き出しているといいます。ここに導水された水も、多分同じ水源のもの。当時は、馬場の馬たちが喉を潤したのでしょうか?

城山は、西山山系ハイキングコースにもなっています。ここで名水を汲んで山歩きを楽しむなんていう人も、少なくないことでしょう。
馬場清水

現在の水汲み場から一段高い場所に、3体の石仏を祀った小さな祠が見られます。
この左下方に見られる穴から、以前は湧水が流れ出していたようです。
馬場清水周辺

平成24年度(2012年度)に、馬場清水は県の名水に指定されていますので、それに合わせた近年、一段下の駐車場に新たに整備されたものと思われ、以前の水汲み用パイプ穴のあった付近から、新しいパイプが引かれています。
馬場清水

以前の水汲み場を振り返ると、城山登り口の様子と一緒に、大きな溜池がみられます。
馬場清水周辺

左:溜池に立つ馬場清水観音|右:水遊びできるか探る犬
馬場清水

ばばしょの茶屋にて名水グルメ

そして、この溜池に浮かぶようにあるのが「ばばしょの茶屋」です。
清水に向かう途中、すでに茶屋の案内看板も見つけていて、清水の古い道路標示板では「婆」の字が使われていたため、私の勝手な思い込みで、てっきり出て来るのはお婆さんなのかと思いきゃ…人懐っこい雰囲気の年配男性が「いらっしゃい!」と。
ばばしょの茶屋

こちらでは、名水仕込みのメニューが楽しめますよ。
ところてん(300円)
ばばしょの茶屋_ところてん

「名水仕込ですか?」と尋ねると、おじさん「そうだよ!」と。
弘法大師ゆかりの一本箸でいただくところてんは、凄~く綺麗に透き通っていて、嫌なクセが無く、歯触りの良いものでした。
酢醤油も良いけど、私は青じその気分で。卓上に用意してくれたドレッシングを透明なところてんにスッ!と回しかけると、市販品でなく、おじさんの手作り品でした。青じその風味が鼻から抜けるように濃くて、爽やかさのある、美味しいドレッシングでしたよ。((美^~^味))

そして、一緒に出されるお冷も、もちろん馬場清水。
実は、茶屋で飲む清水のほうが、取水口よりさらに美味しかったんですよ。(名水、清水といわれる湧水でも、飲用する場合は、加熱した方が良いとの行政指導があります。なので、お店で出すお冷も、一度加熱してあると思われます。)

この溜池には鯉が泳いでいます。この地域なので、小千谷の「泳ぐ宝石」錦鯉です。
ばばしょの茶屋_池の鯉

茶屋では「鯉の餌」も販売していたのですが、おじさん、お店の奥から自前の鯉の餌を持参し、私たちの目の前でバラ撒いて鯉を集めていました。餌の争奪戦、いつ見ても面白いです。

ところてんが美味しかったのに気を良くし、鯉の餌争奪戦が終わる頃にちび子が追加で頼んでいました。
おしるこ(350円)
ばばしょの茶屋_おしるこ

白玉を練るのも、茹でるのも、きっとこちらも名水なのでしょうね。大変美味しかったらしいです。

茶屋のご店主からお聞きした貴重な情報

食べていると、おじさん、茶屋前にある蹲踞に竹くちをつけてみせます。
そして、「あぁ、水でねぇなぁ~。前はここに下の茶室があって、そん時は出たんだろも。」と。
ばばしょの茶屋_馬場清水

清水へ来る際に見たあの由緒ある建物。やはり茶室だったのだと思いながら、おじさんの話を伺っていました。寡黙なようでいて、なかなか人好き、話好きなご店主かも知れません。
「時水城址までも、若い人だと40分くらいで登れるよ」と、教えていただきました。城址巡りもすっかりご無沙汰になっている我が家ですが、次回は城址目当てで、その後にでも、今度はここで「名水そうめん」をいただきたいなと思いました。

ばばしょの茶屋(平成21年OPEN)
営業時間 10:00~16:00
定休日 木曜日(雨の日は休業)

習静庵

帰り道にあるので、先ほどおじさんに聞いた茶室にも立ち寄ってみました。青く囲った部分が馬場清水付近です。
おじさんの話ですと、茶屋ができる以前は、あそこにこの庵があったわけです。
馬場清水周辺

馬場清水より、僅かに数百mほど下にある「習静庵」
大正12年(1923年)5月に、三島郡片貝村八島(現・小千谷市片貝町)安達修吉氏(安達家三十七世)が住居地に併設して建てた茶室で、設計、命名共に軍医総監、日本赤十字社社長、樞蜜顧問官などの要職を歴任した、片貝村池津出身の子爵で医学博士の石黒忠悳氏とされています。平成13年5月、安達家当主により譲り受けて現地に移築されています。
習静庵

明治期、忠悳氏は遠州流の十世・小堀宗有の時、ともに流派の再興をはかったことでも有名で、忠悳夫人・久賀子さんは、安達家より嫁いだ人だそうです。また、戦後農林大臣を二度にわたり歴任した忠篤氏は、お二人の間のご子息です。
習静庵

据えられたひと際大きな石灯籠が印象的で「まるで徳川燈籠みたいだね。」なんて話ていたら、本当に徳川家に寄進された燈籠でした。

徳川十一代・家斉公が逝去された際、毛利家支藩清末藩(長門)一万石の藩主・毛利元世が上野寛永寺に寄進したもので、幾多の変遷を経て、茶室との関係から縁あって安達家所縁の塩沢の山田家からこの地に移し建立されたそうです。
習静庵

習静庵は現在でも、茶会に使用されているようです。名水茶会ですね。
駐車場も広くとれ、待合所なども確保できるよう、こちらに移されたのでは無いかと思いました。

<----- Sunday, October 25, 2015 (Dawn太 生後8ヶ月|244日)-----
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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