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上田原古戦場・観音寺

2012年04月22日
歴史を訪ねて
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ブログのお友達の応援に、砥石城登城に、上田原合戦地の見学に。。。と、ハードだった1日もそろそろ日が暮れようとしています。
上田原古戦場・観音寺

旅の最後に訪れたのは、上田原合戦の戦没者の菩提寺である観音寺です。

天文17年(1548年)2月の武田晴信(信玄)と村上義清との上田原合戦時、この場所も戦場となってしまい、お寺の伽藍が焼失してしまったため、お寺の創建については不明になってしまいました。
上田原古戦場・観音寺

村上、武田の両軍合わせて約1万7千人の将兵のうち、討死者は約4~6千人ともいわれ、その無名戦死者を安置していて、毎年8月には、無名戦没者の慰霊法要が行われるそうです。
御本堂は二百年以上も前に建て替えたもので、唐破風造りで珍しい雰囲気を持ったお寺さんでした。


本堂の横には大師堂や護摩堂があります。
  

境内には樹齢2百年と言われる大銀杏がそびえていますが、日は落ち、この日の月がその大銀杏の向こうで光り出す時間帯になっていました。

日没になり、本当にこれ以上の散策は出来なくなってしまいました。
車を停めた場所に戻るため、本堂の脇から側道へと出ますが、そこにも無名戦没者のものと思われる五輪塔が数基まとまってありました。


奥に見える野球場の照明が、上田原合戦公園の目印。
辺りが静かになる夕暮れ時だった事もあり、とても平和に感じたこの時。
その一方で、当時この付近一帯はどれだけ悲惨な状況だったのか。。。
信濃攻略において、信玄が最初に味わった挫折の地。そして、越後の虎と戦う事になる経緯を知ることが出来た1日。
最初に訪れた、雨宮刑部のお墓の近くまで、クルッと散策して戻って来た事になり、長かったこの日の信州小旅行は幕を閉じました。

訪問日 : 2011年10月9日(日)
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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