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村岡城址

2010年03月29日
城址巡り
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村岡城址

直峰城址に行った際、そこで知った南北朝時代の武将 風間信濃守信昭 という人物。そして、その人が開創したというお寺 妙法寺 を訪れた時、そこには当時「村岡城」があったという話になりました。

ただのお寺見学だったはずが、そこに城址があったと知れば、登らないわけにはいかない!
春になって雪が解けた頃、風間信濃守信昭公の実弟であった村岡三郎公が城主を務めていたという村岡城址へとやって来ました。
村岡城址

現在、城址は整備され、ハイキングコースになっています。
村岡城址

赤門脇の駐車場に車を停め、整備された山道を進んで行きます。
歩きだして間もなく、妙見山のピークである標高70.5mの山頂部に到着です。結構な広さのあるこの一帯は、村岡城二の丸であった部分です。
村岡城址

二の丸跡には報國忠死碑と読み取れる石碑と、全く文字の読めなくなってしまった石碑がありました。
村岡城址

二の丸から、さらに本丸方面に向かって進みます。
村岡城址 村岡城址

二の丸出口から振り返った様子。脇にある平地は郭のようにも見えます。
村岡城址

あまり起伏の激しくない、穏やかな山道が続きます。
村岡城址

道が分岐している場所に出ました。左に行くと妙見寺墓地へ、右に行くと旧村岡集落へとありました。私たちは城址へ向かうので、そのまま道を真っ直ぐに進みました。
村岡城址

ベンチが設置してある部分ですが、腰郭のように見えます。そして、このベンチの後ろには、土塁のような部分が見られました。
村岡城址

。。。ということは、その向かいに見える、この一段高くなってる部分が本丸郭でしょうか?
村岡城址

道は、この一段高くなった郭に向かって分かれています。虎口部分、別角度で。
村岡城址

やはり、この部分が本丸跡でした。入口から見た様子です。
山城の規規模は全く違い、こちらはかなりコンパクトですが、本丸直下に大手道があるという造りは南北朝時代も戦国時代も、越後の山城は変わらないんだな。。。という印象を持ちました。
村岡城址

本丸下の大手道のさらに奥下には、1月にお邪魔した妙法寺の屋根部分が見えていました。
村岡城址

山王台と呼ばれる最高所が本丸で、郭は二段になり、かなりの広さがありました。
村岡城址
案内版には「元享1321年~1324年 直峰城主 風間信濃守 舎弟村岡三郎 在城」と書かれていました。
ここでも、南朝側の大きな存在であった兄の名が出てきます。(柿崎城のことを調べていた時、この時代の柿崎氏、宇佐美氏は北朝側であったような文章を見つけ、ここでも歴史が続いていることを実感したものでした。)

村岡城址

城址碑に向かって、郭の左右には同じような凹み部分が見られました。(東屋の位置で確認してみてください。)
村岡城址

南北朝以降の村岡城址の消息は不明で、戦国時代には使われなくなったと思われる城址です。戦国時代の山城は幾つか見ましたが、南北時代の。。。は初めてでしたので、これが何を意味しているものなのかは不明でした。
村岡城址

東屋の奥(北側)の眺めは絶景で、日本海や佐渡が望めます。下には民家が見えますが、先ほどの山道分岐点にあった、旧村岡集落の場所ではないかと思われます。
村岡城址

同じ場所からです。少し引いて見ると、ここから先は斜面になりますが、竪堀だったのでは?と思われる部分が見られました。
村岡城址

東屋付近から本丸南側を向いて見ています。奥に見える部分が一段低くなった郭です。
村岡城址

(左)本丸の出口付近から東屋方向の様子。 (右)本丸出入り口の様子。
村岡城址

虎口を抜け。帰りは別の道から、妙法寺に向けて山を下ります。
村岡城址

道を行くと、すぐに分岐点に出ます。真っ直ぐに進むと六万部へ、左に折れると妙法寺本殿へ。 案内に従い、左の道へと進みました。
村岡城址

こちらからの道は急激に下がり、みるみるうちに妙法寺の屋根が近くなって来ます。
村岡城址

着いた先は本堂の脇。
村岡城址
前回来た時、鐘つき堂付近で見た『村岡城登山口』の案内は、ここから入るためのものだったようですが、お寺からは分かり難い場所に登り口があることになります。
本丸からも見えたお寺の屋根ですが、そんなに標高の高い山城ではないので、真後ろが本丸なんですね。
この妙法寺の建つ場所も郭のひとつであり、この付近一帯が村岡城址であったのでしょう。(その当時、この妙法寺はこの場所ではなく、さらに麓、現在、風間公の墓地が置かれている治暦寺にありました。)

お寺にお参りし、風間公の廟所でもお参りし
村岡城址

前回と同じように黒門を抜け、赤門を眺めながら帰りました。
村岡城址 村岡城址

村岡城址 遠景

村岡城址

登城日:2010年3月14日(日)

蓮念寺

妙法寺からさほど遠くない場所にある蓮念寺です。
左写真の奥に見える丘陵右手に続くように、先ほど登って来た村岡城址の城山があります。
村岡城址 蓮念寺

ここへは、妙法寺を見学した1月にも訪れていますが、雪のために見学出来ずに戻りました。
蓮念寺

雪が解け、城址ともども見学が出来るようになりました。
蓮念寺

このお寺には、村岡城主であった村岡三郎公と、その妻・好蓮尼のお墓があります。
蓮念寺
時代背景が古いこと、また兄が謙信公以前の越後に名を残すような武将だったこともあり、この村岡三郎公については調べても、詳しい話が分かりませんでした。

妙法寺のサイト内、旧末寺安全寺合併した際の文章中、『寺域全体が信昭舎弟村岡三郎の居城村岡城跡であることから、南朝忠臣としての両将の迫善を意図した。』という一文を見つけました。
直峰城主であった風間公の墓が治暦寺にあることからも、風間公もまた、この地を拠点として活動していたのかも。。。と思われます。兄と共に、南朝として戦った人物であったと思われます。

訪問日:2010年1月23日、3月14日
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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