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栃尾城 周辺にて

2010年01月23日
歴史を訪ねて
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瑞麟寺跡 “義の心 発祥の寺”

『瑞麟寺跡に立つことをなくして「義」の心を語ることなかれ!』
栃尾城 周辺にて

謙信公青年時代、軍事の傍らこの寺で修行し「義」の信念を見出したといいます。

永正15年(1518年)に開創。
春日山のお膝元、中頸・旧吉川町の転輪寺三世、瑚山和尚によって開山された禅宗のお寺です。

栃尾城周辺にて
瑚山和尚は謙信公の父、長尾為景と強い信頼関係で結ばれ、寺領を寄進されたばかりか、郡司不入という特別の保護を受けました。謙信公は二世如昴和尚の時代に栃尾に下向しました。 
瑞麟寺唯一の遺品、500年の歴史を刻んだ梵鐘が常安寺に保存されています。

常安寺

上杉謙信公によって創建された曹洞宗の古刹です。
栃尾城周辺にて

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開山を謙信公の学問の師であった瑞麟寺五世の門察和尚とし、常安寺は謙信公の庇護のもと隆盛を誇りました。

現在の本堂は、昭和54年に再建されたものです。
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お寺には、“瑞麟寺梵鐘”をはじめ“謙信公筆五言対句”や謙信公が門察和尚に贈ったと言われる “上杉謙信公並二臣像”、疾走する霊狐に飯鋼権現が前向きに乗っている謙信公の“兜の前立”、“上杉景虎(のちの謙信公)安堵状”“上杉景勝安堵状”などを所有しています。

秋葉三尺坊大権現(秋葉神社)・奥の院

常安寺脇の階段を上がるとあるのが秋葉神社です。常安寺を見守るように位置している神社です。
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秋葉三尺坊大権現は、謙信公が常安寺の守護神として遷宮した神社です。
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火伏せの神、秋葉信仰の二大霊山の一山として、江戸時代に幕府から火防日本総本廟の称号を与えられています。
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手前に秋葉三尺坊大権現、奥には奥の院です。
栃尾城周辺にて
   
栃尾城周辺にて

奥の院は弘化3年(1846年)に落慶したもので、土台から破風に至るまで、石川雲蝶と熊谷源太郎の彫刻で埋め尽くされ市の文化財にも指定されています。
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秋葉公園 謙信公銅像

秋葉神社のある秋葉公園内には、僧の姿をした謙信公の銅像があります。
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さすがの謙信公も、雪を被っているのは寒そうですね。。。^_^;
こちらは、10月に行った時のものです。
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栃尾城を背に座る姿は、左手に数珠、右手に軍扇、腰には刀を差し、「越後の虎」と呼ばれるほどの風貌であった謙信公を再現しています。
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謙信廟

謙信廟に向かう手前にある謙信公の騎馬像です。
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川中島で見た 信玄との一騎打ちの像に似てるようにも思いますが、今まで私が見た他の3つの銅像とは違い、かなり細面で、年齢も若く感じる気がします。
   
銅像から奥に行くと、鳥居があり謙信廟があります。
除雪されていなくて、近くまで行けないのが残念でした。
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写真右が謙信廟です。大正14年、米沢の上杉家から謙信公の位牌を分霊して祀った石碑の御霊所です。
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写真左は、謙信公幼少時代の学問の師、門察和尚の墓です。
当時、比類なき学識をうたわれた人物で、瑞麟寺五世として常安寺を開山した人物でもありました。

謙信廟の背後には栃尾城が見えています。
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山頂に木が二本見えているところが本丸跡になります。

訪問日:2009年12月23日
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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