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白河小峰城 その2

2009年09月30日
城址巡り
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白河小峰城の話。。。前回からの続きになっています。

平成3年に復元された三重櫓は公開され、内部が見学出来るようになっています。
観光客が多い場合は、入場人数も制限される場合があるようですが、この日は待つことなく見学出来ました。

戊辰戦争以来、120余年ぶりの三重櫓の復元にあたっては歴史資料の調査・収集をはじめ、「奥州白河城絵図」「白河城御櫓絵図」
移封に伴う城郭絵図、災害時における記録などの文献、古文書類の検討及び考証から始めたそうです。そして、より正確な復元図作成には、三重櫓跡の発掘調査は必須条件でした。
その結果、三重櫓の基礎石が完全な形で確認され、「白河城御櫓絵図」などの図面とほぼ一致することが分かりました。  
また、出土遺物には、築城当時の丹羽家の紋(直違・すじかい)や阿部家の紋(違鷹羽・ちがいたかのは)入りの瓦などの多量の瓦類や鯱、金属製の品(和釘など)、陶磁器、木材、漆喰などがあり、それらを参考にして、各所の使用材料を入手、製作可能な範囲で復元されています。

三重櫓 1階内部です。 (170.48㎡・78.28坪)
白河小峰城その2

櫓というのは、「矢倉」あるいは「矢蔵」とも書き、武器・食糧の貯蔵と防御とを目的とする建物です。白河小峰城の三重櫓は、本丸の北東隅に建つ三層三階の櫓で、その雄姿は奥州関門の名城にふさわしい外観を呈していました。
三重櫓は 高さ約14mあり、1、2階には張り出し部分及び石落とし、各階に格子窓及び鉄砲狭間を設け、東南北にそれぞれ守り易い造りとなっています。屋根は瓦製の鯱(1.2m)がのせられた本瓦葺の入母屋形式です。

先ほど、外からも確認出来た“狭間”です。
白河小峰城その2

塀や櫓などの建築物に設けられ、矢・鉄砲などを射るために壁面または腰板などに開けられた小窓です。使用する武器の種類によって「矢狭間」「鉄砲狭間」などど呼ばれます。
三重櫓には長方形の「箱狭間」(弓矢用)が設けられています。外側には狭間を塞ぐ板が取り付けられていて、平常は閉じられていて、戦いの時に、この板を前面に押し上げ狭間を開き射かけます。
   
塀には矢狭間と、三角形の鎬(しのぎ)狭間(鉄砲用)が交互に設けられています。
白河小峰城その2

白河小峰城内の櫓や塀などに設けられた狭間は奥平時代(1681~1692年)には全部で1093ヵ所であったそうです。

これは「連子窓」です。
白河小峰城その2

連子とは菱形に木材を並べた窓で、三重櫓ではすべて塗籠格子になっていて、柱を挟んで左右に取り付けられています。外部から内部を見透かされないことと、少しでも矢玉を防ごうとする目的から造られています。内側には表面を漆喰で塗り込めた土戸と、明障子が入れられていて、いずれも片引き戸になっています。

そして、今に残る戊辰の弾痕たち
白河小峰城その2

戊辰戦争当時の激戦区であった松並稲荷山の杉の大木(樹齢約400年)を復元材料として利用した際、幾つかの鉄砲の鉛玉や弾傷が発見されたのをそのまま加工し、現在通し柱や床板、腰板などにその痕跡を見ることが出来ます。
白河小峰城その2

階段で2階部分へ
白河小峰城その2

2階内部です。 (72.64㎡・21.96坪) 徐々に狭くなっています。
白河小峰城その2
   
2階部分には 先ほど下から見上げていた“石落とし”がありました。
白河小峰城その2

天守・櫓・塀・門などに設けられ、石垣を登ってくる敵を監視し、迎え撃つ装置です。外装の一部、又は建物を石垣からはね出させ、その床を必要に応じて上げ、石を落としたり矢を射る事が出来ます。

三階部分です。(15.61㎡・4.72坪)
白河小峰城その2

三階部分の定員は5名まで。。。とありました。上に行くほど狭く、5人入ったら、まもなく満員です!っていう感じになります。

三重櫓から出て来ました。
白河小峰城その2

本丸内部の見学がもう少し残っているので、そちらに進みます。

本丸奥から見た様子です。
白河小峰城その2

この位置からだと、右奥の石積みにある「多門櫓跡」が確認出来ます。

表門だった前御門に対し、裏門であったのがこの桜御門です。
白河小峰城その2

白河小峰城その2

桜御門から出て 右側の部分。。。 
白河小峰城その2

写真の右の方にはバラ園の入り口が(但し、立入禁止のようです。)
左の方も、石積みが崩れかかっていて、ロープが張られ入れないようになっていますが、当時の「月見櫓」のあった場所のようです。
白河小峰城その2

碑の文字は「鉄道殉職者之碑」と読めます。

石垣越しに、ちょっとだけ見える三重櫓。
白河小峰城その2

ここから二の丸を通り、お堀越しに本丸方面を見てみました。
右上部分。。。すごく小さく人影が見えるところが「富士見櫓跡」です。
白河小峰城その2

二の丸内にある“白河集古苑”前には、大手門跡の礎石がありました。
白河小峰城その2

当時の三の丸にあった大手門は、白河小峰城の表玄関にあたる門で、平成5年に実施した白河駅前区画整理事業に伴う発掘調査により所在が確認されました。絵図面との照合から、調査によって発見されたのは、門の北側部分であることも合わせて確認出来ました。

展示されている礎石は、発掘調査により発見されたものを発見時の寸法のまま移設したものです。礎石は、上面を平坦に加工し、柱を据える中央部分には「ほぞ穴」が設けられ、周囲には柱材のヤニの痕跡が残されています。このヤニの痕跡から、柱の太さは 門柱が62×46㎝、控柱は33㎝角であったことがわかりました。

せっかくなので“白河集古苑”内も見学し、二の丸中央まで戻って来ました。
手前はトイレ。。。   
白河小峰城その2

門や櫓と一体感のあるトイレなので、トイレ越しの櫓も絵になります。

まだ名残惜しく振り返りながら。。。
白河小峰城その2

復元され、当時が偲ばれるものが見られるのは、やはり良いものですね。。。

登城日:2009年9月19日
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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