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お六饅頭と実らぬ恋。。。

2009年03月24日
美味しいもの
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「雲洞庵に行ってみたいんだけど。。。」
そう旦那に言った事がありました。

なのに、旦那が調べて来てくれたのは雲洞庵の場所ではなく、何故か「お六饅頭」の売られている ことうさんのお店の場所でした。ゞ( ̄∇ ̄ )
ちびが温泉まんじゅうの類が好きなので、旦那の頭のなかでは六日町名物を買わなきゃ始まらない!って事なんでしょうね。

。。。なので、今回の六日町への旅で真っ先に立ち寄ったのはことうさんでした。
日記写真

以前の店舗からこちらの場所に移ったようで、綺麗で大きくなったお店には、たくさんの人が買い物に来ていました。
以前、旦那が六日町方面に旅行に行った時も、お土産に買って来て食べたお六饅頭。黒糖入りの皮がモチモチで、中の餡子に焼き塩が入っているので、ほんのりと塩気のある餡が美味しいお饅頭です。
日記写真

お六饅頭の「お六」とは与六(直江兼続)のことで、地元・六日町の人たちがこう呼んでいるのですが、このお饅頭を食べる度、中に入っているしおりの文章が気になっていました。
このお姫様って。。。誰なんだろう!?

お店のしおりを抜粋してみますね。。。
戦国の昔、六日町には上田の庄の豪族・長尾一族の居城「坂戸城」があった。この城下に樋口与六という若者がおり、後に用いられて直江山城守兼続と名乗り上杉謙信を助け、智謀の武将として名をはせた。六日町の誇りとして、伝統のシンボルとして、兼続を慕う町民の熱情は今も変わらない。
戦後間もない昭和21年、『お六甚句』が生まれた。若き日の兼続=与六(幼名)と、坂戸城主・上杉景勝の妹、桂姫との恋物語を軸にしっとりとした六日町の風情を歌い込んだものある。
大河ドラマ「天地人」で登場する上杉景勝の妹は華姫ですね。実は、景勝には二人の妹がいて、そのもう一人の妹がこのお六甚句に登場する桂姫なんです。
戦後間もなくの昭和21年に出来たこの民謡ですが、ただの妄想だけで作られたのでは無さそうです。

今度は、小千谷市真人地区に伝承されている一節をご紹介します。
景勝には桂姫という妹があった。桂姫は大月(現在の南魚沼市)の「寺ヶ鼻」というところにある母の館で暮らしておられた。父・政景のご機嫌伺いに坂戸(現在の南魚沼市)へ訪れる事がたびたびあり、お六(兼続)を恋慕うようになった。二人のお付き合いは城中の評判となり、お六(兼続)は自分の事で騒がしくなるのを恐れて、景勝に一時小姓を辞め、百姓をする事を申し述べ樋口家へ戻った。天正3年お六(兼続)が16歳の時であった。
天正10年にお六(兼続)が直江家を継ぐ為に坂戸を去ると、桂姫はやるせない恋情傷心の身を真人村北山(現在の小千谷市真人)の高原台地に癒やす事になった。しかし不幸にも病がちな姫は若くして亡くなった。
屋敷跡には祠が祀られている。集落の名は姫の名にあやかり「桂」という。集落の人はすべて樋口姓である。
原作にも、ドラマのなかにも書かれていない 実らなかった恋。。。
地元の人の間では、こんな風に語り継がれているんですね。

桂姫は、上条義春(畠山義春)の正室という話です。養父・上条政繁の妻を政景の娘とする説もあるそうです。
長年、上条政繁と義春は同一人物といわれてきたようで「上杉氏系図」「外姻譜略」では上条政繁と義春を別人として記載しているそうです。そして、兼続が22歳のとき他界したという話もあります。
   
兼続22歳の年といえば。。。景勝の命により、与板城主 直江家の後続として婿養子に入り、直江信綱の未亡人・お船と結ばれるわけですが、その陰では、嫁いでもなお実らぬ恋に傷心の身の桂姫がいたわけですね。
しかも、兼続が与板に婿に入った直後に亡くなってるなんて。。。

今のドラマの展開を見ていると、信綱と結婚してもなお、兼続に従姉弟以上の感情を持つお船の姿が描かれていますが、事実に近い部分では、この感情は桂姫のものだったと考えた方が良いのかも知れません。
   
謎が解けてスッキリ。。。でしたが、殆どが政略結婚だったであろう戦国時代の、悲しい恋物語をみた気がしました。

さて!気を取り直して。。。
腹が減っては戦は出来ぬ! という事で、私たちも散策の合間に腹ごしらえ。
まだ雪深くて坂戸城の上方面の散策は出来なかったので、名前だけでも。。。と、お昼は ホテル坂戸城で頂きました。

おまかせの5点盛りとざるうどんです。
日記写真

でもね。。。本当だったら▼これが食べたかったんです。(食べられなかったので、貼られていたポスター写真だけ) 
日記写真

これは「越後お発ち飯」と言って、上杉軍が出陣にあたって、ありったけの山海の珍味を腹いっぱい食しながら群議を行い士気を高めた。。。そんな料理を再現したものなんです。

逆にいうと、ご飯を炊く大釜が据えられる。。。という事は、出陣の前触れにもなっていて、兵士たちは合戦の準備を整え、心の準備もした。。。というわけですね。

再現されているお発ち飯は、各ホテル、料理店によっても違い、各店で特徴を出した膳になっているんですよ。
でも、お発ち飯には一定の認定基準もあって、それを満たしていないと、現代のお発ち飯とは認めてもらえないそうです。

要予約なので、いきなりの飛び込みで今回は食べられませんでしたが、まだこちら方面にはお邪魔する機会もあると思うので、いつか食べてみたいです。

お腹もいっぱいになったし。。。さて、次は何処へ行こうかな!?
つづく。。。
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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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