名胡桃城址

2019年04月09日
城址巡り 4
週末になるとお天気崩れる我が県を脱出し、オフ会に向かう度に目の前を素通りばかりで、いつか見学してみたいと思っていた念願の城跡にようやくお邪魔してきました。

真田の幟旗がはためく
名胡桃城址はNHK大河「真田丸」の放映に伴い、平成27年(2015年)に土塁などの一部を復元する保存整備工事が行われています。現在も真田家イラスト入り幟旗などが見られ、時折あられの舞う寒い中、良く整備された史跡公園の主要部を見学してきました。

小田原の役のきっかけとなった名胡桃城

名胡桃城址
昭和24年(1949年)12月20日「群馬県指定史跡」に指定。また、平成29年(2017年)4月6日に「続日本100名城」の一つにもなっています。

名胡桃城について

名胡桃城歴史年表
名胡桃城築城年代は定かではありませんが、明応年間(1492~1501年)に沼田景冬によって築かれたと伝わっています。景冬は沼田城主・沼田景久の三男で名胡桃氏を称しました。
戦国時代の利根沼田地方は、上杉氏・武田氏・北条氏による戦いが繰り広げられていましたが、天正7年(1579年)真田正幸が吾妻方面から進出し境目城として名胡桃城を築き、翌・天正8年には沼田城を手中に収めます。
天正17年(1589年)豊臣秀吉は北条氏政・氏直親子と真田昌幸による北毛地域の領地争いを裁定しましたが、同年、真田領に残された名胡桃城を北条氏の家臣が攻略してしまいました。それをきっかけに翌・天正18年、豊臣秀吉は小田原北条氏を滅ぼし、事実上の天下統一を果たしたのです。僅か10年という歴史にも関わらず、ここを舞台とした小さな事件が乱世を終わらせることとなり、その後、名胡桃城は廃城となりました。

名胡桃城全容図
平安時代に著された「和名類聚抄(わみょうるいじょうしょう)」によると、この付近一帯は呉桃郡(くるみのこおり)といわれ、その後も地名とは別に「ナグルミ」と呼ばれ続け、城の名に由来しています。
名胡桃城は、利根川と赤谷川が合流する南西方向に広がる名胡桃平と呼ばれる河岸段丘の一角に位置します。およそ6万年前に形成されたこの河岸段丘には礫層(水はけ良く、殆ど沈下も無い)が厚く堆積し、河川敷との間には比高約70mの崖が連なっています。この城は、侵食などの影響によって形成された深い谷の突き出した要害地を空堀で区画し、ささ郭・本郭・二郭・三郭の主要部分を直に連続させた「連格式」の縄張り構造の山城で、西側に般若郭が独立し、南西には外郭が広がります。また、南東を流れる湯舟沢を利用した水の手があり、北東には物見もみられます。
付近には沼田城跡をはじめ、小川城址・明徳寺城址があり、南には権現山城址、南東には富士浅間砦址が存在しています。

名胡桃城発掘調査に関して

発掘調査に関しての図
平成4~12年度にわたって名胡桃城址の発掘調査が行われ、往時の姿をうかがい知ることのできる大きな成果がありました。この発掘により、少なくとも三時期に区分することができるという結果が出ています。
第一期は築城から天正年間半ば頃で、まだ三郭は存在せず三日月掘による馬出があり、各郭は土橋によって連結していました。二郭と般若郭の建物は通路に平行して大小のセットで建てられ、柱間は八尺長さのものが多いです。
第二期は天正年間後半の頃で、大きく改築補強が行われています。三郭と新たな馬出を増築し、主体を二郭に移し各虎口を固め、堀切は木橋に架け替えられました。二郭の建物は大型で、柱間は七尺のものが多くみられます。
第三期は天正年間以降で、近世以降も屋敷が存在しました。土塁や柵に関してはわかりませんが、郭間の堀切は土橋が版築されています。建物は小型化し、柱間は六尺前後です。
城址全体の保存のため、地下遺構は埋め戻されて見ることはできません。主な整備内容は、名胡桃城の第二期を中心に二郭堀切と本郭堀切の木橋復元、二郭の防御構造がわかるように土塁や南北両虎口の復元的な整備、三郭と馬出は平面的に表示等が行われましたが、門や建物は復元されていません。

名胡桃城址入口付近
現在は城址に面して国道17号が通り、主要部の高低差があまり無いために一見山城とは思いにくいですが、実際は標高430mあまり、谷下からの比高も70mほどあり、三方が断崖となっている天然の要塞上に築かれた山城です。

馬出

馬出
城の出入口の外側に、堀や土塁で造った防御・攻撃の施設「馬出」。発達し大型化する出丸とも呼ばれ、真田信繁(幸村)が大阪城に築いた「真田丸」はあまりにも有名です。
名胡桃城では、三郭虎口の外側に径20mほどの円形の馬出堀(現在は埋め戻されています)を深さ約1.2mの平底に掘り、その内側に丸馬出が形成されています。馬出と外郭の間は、馬出の西側に橋受溝を掘り外郭側に基壇を設け、長さ約8mの木橋を架け渡して、直線的に侵入できないようになっています。また、三郭と馬出をつないでいた土橋の一部を掘り切って、長さ約5mの橋に架け替え補強されたこともわかりました。馬出の西から南側縁部には段差が廻っています。
西側の堀切は般若郭との間の殿坂を通って崖下へ、南側は外郭と湯舟沢の間にある水の手に繋がっています。
名胡桃城馬出

三郭

名胡桃城三郭
東西に長い三郭(64m×26m)。外郭との間の堀切は幅約12m、深さ5~7mあり、西側の堀底は般若郭との間の殿坂と合流し北へ延びています。
ニ郭堀切の土橋外側で幅約3m深さ約1.5mの薬研三日月堀が検出されたことから、築城当初、ここは三郭ではなく馬出であったことがわかりました。その後、三日月堀を埋めて郭や堀切などを新設する大改装が行われていますが、ここは大きな馬出郭であったとも考えられるそうです。

郭の西側と南側には石列が残り、基底幅5~6mの土塁がありました。新たな馬出とつながる土橋は掘り切られており、再び後世に盛り土されています。追手としての虎口には門、郭内には時期の異なる三棟の掘立柱建物がそれぞれ建てられ、そのうち建物一棟と浅いL字溝を組み合わせた施設が、三日月堀を埋め立てられた後に造られています。
名胡桃城三郭

名胡桃城三郭パノラマ写真

二郭

名胡桃城二郭
二郭南虎口は、直接中が見透かされぬよう、郭内の建物敷地より一段高い位置に造られた喰違虎口です。堀切は幅11~13m深さ5.5~7mで、堀切法面の傾斜は三郭側が45度二郭側が55度と角度を変えて掘られる工夫があり、二郭堀切は直線的に設計せず、堀幅半分ずらして掘られています。虎口周辺の土塁基底部内側には、2~5段の川原石による乱石積みが残っています。二郭堀切の土橋は薬研に掘り切られ、4本の脚柱による木橋が架けられていました。土塁に挟まれた4本の掘立柱による門跡は、北虎口の礎石門と同規模だそうです。
名胡桃城二郭南虎口周辺

名胡桃城二郭
台形をしたニ郭(65m×50m)。西側の縁辺は広く崩落して波打っています。中央部に広がる建物敷地は、周囲より1mほど低く削平されており、北側を除いて段があり、両脇に溝を持つ幅2.5mほどの通路が南北の門を直線で結んでいます。南虎口からの通路面はスロープになっています。南北の虎口周辺の土塁基底部には石積みがあり、通路脇の溝壁には、部分的に石が並べられています。また、東側崖面の中腹には腰郭が残っています。

通路の西側からは八棟の掘立柱建物址群が見つかり、般若郭などと同様に三時期に分けて考えられます。復元整備では第二期の三棟が平面表示されています。建物と土塁の間には溝が廻り、排水施設が整っていました。
名胡桃城二郭パノラマ写真

名胡桃城址二郭北虎口
二郭北虎口の特徴は、郭内の通路から続く4個の礎石による門址で、うち一つは石塔の切石が再利用されていることです。通路左側の溝は、門を潜り暗渠排水として本郭堀切までのび、溝横から立ち上がる土塁の腰部には4~6段の自然石による乱積みがみられます。
本郭堀切は幅14~16m深さ7~9mあり、法面は二郭側より本郭側の方が20度ほど急傾斜で、土橋の左右で堀幅を変え、大きくクランク状になって進入する構造になっています。また、門址の西側に続く土塁の下からは、幅約3m深さ1.5mの堀が確認され、空堀から土塁へ改築されたことがわかりました。堀切構造であった際に掘り残した橋の基壇上には6本の柱穴が見つかり、往時は木橋が架かっていたことが伺えます。
名胡桃城址二郭北虎口

虎口と本郭堀切

本郭

名胡桃城址本郭
現在残る洋ナシ形の本郭(51m×30m)。名胡桃城には天守はなく、発掘からも本郭内の虎口や建物などの状況は判明されていません。
両側の崖面ともに大きく崩落し、コンクリートで補強されていることから、往時はもっと広かったことが伺えます。本郭の縁辺には基底部が残っており、当時は土塁が廻っていました。

名胡桃城址碑
名胡桃城址は大正12年に有志によって結成された保存会により、今日まで良く保存管理されてきました。昭和2年には本郭に文豪である徳富蘇峰氏による揮毫の「名胡桃城址之碑」を建立しています。隣の副碑は、昭和43年の明治百年記念で建立したものです。

ささ郭

ささ郭復元想像図
本郭が剥き出しにならぬよう設けられたささ郭(31m×14m)。中央には1mほど掘り込んだ幅2~5mの通路があり、その両側を1mほど盛り上げた土塁で挟んであり、唯一、この城址に残存する土塁を両サイドに持つ狭長な通路でした。通路の先端には礎石4個が設置され搦手門がありました。土塁の内側には自然石を3~4段乱雑に積んだ石積みがみられます。ささ郭の先端側には腰郭と物見が続き、尾根伝いに下方に通じていました。
現在、礎石門址・通路・石積み・土橋などは、保存のために埋め戻されて見ることはできません。
名胡桃城址ささ郭
ささ郭堀切に設置されている階段通路は復元物ではありません。往時、ここには木橋が架かっていました。搦手側の堀の深さが実感できるポイントです。

名胡桃城址搦手門跡

祠に置かれた六文銭
お賽銭も六文銭に置かれている(笑)

ささ郭から見える周辺の城址

ささ郭からの眺め
本郭・ささ郭ともに眺望良く、沼田市街地や沼田城址方向を望むことができます。

名胡桃城址物見郭
ささ郭下の腰郭から、さらに堀切を挟んで下方にある物見郭。実際に下りてみましたが、現在は草木があるものの、眺め的にはささ郭・本郭の方が断然良く。物見櫓を設けるにもスペースが無いことから、のろし台の役目をしていた場所なのでは?と個人的に思いました。

般若郭

名胡桃城址般若郭
名胡桃城主郭の西側にあり、独立する小さな台地を堀切で区分した般若郭(85m×56m)。名胡桃城域の中で一番大きな郭は、築城以前から館が存在していたかも知れない場所です。
郭の縁辺には柵塀を建てた溝や柱列が廻っていましたが、南辺や東側の状況はよく分かっていません。
また、中央部北西寄りには両脇に溝をもつ通路が、二郭の通路と殆ど同じ方向で敷設されています。この通路の両側からは、全部で24棟の掘立柱建物址群が整然と並んで確認されています。建物群は三時期にわたり重複し、同時に6~7棟が建っていたと考えられます。掘立柱建物址は9m以上の大型総柱の中心的建物から3mほどの小型建物まで規模や形態も様々で、郭の北東端には櫓のような建物址も確認されています。(現在は駐車場の下に埋め戻されています。)
名胡桃城址般若郭

名胡桃城址案内所

名胡桃城址案内所
真田のイラスト入り自販機が目印(?)、名胡桃城址のすぐ脇には資料館があり、城の歴史DVDや資料展示、記念撮影ポイントなど設けてある無料休憩所になっています。こちらで申し込みをすると、ボランティアガイドの説明つきで城址散策できます。
名胡桃城址案内所にて

おしまいに

整備され過ぎているのでは?と思うくらいによく整い、説明板も豊富でとても分かりやすい城址でした。空堀も土塁も整備し直されているので、初めてでもはっきりと形状が確認でき、山城入門編には持って来いの城址だと思います。
反面、もう少し脱線して見学してみたくとも、立ち入り禁止になっている部分も多く、自分で歩いて発見できた時が楽しい山城の醍醐味は味わえない感があり、平城を見学しているのとあまり変わらないというのが正直なところでした。

優れた戦略と戦術で、戦乱の世を生き抜いてきた真田家の堅固な城づくりもまた素晴らしい。天然の要害地、良く見つけたものだと感心した名胡桃城散策でした。
登城日:2019年3月31日(Dawn太 生後1,497日)

沼田城址

沼田市指定史跡【沼田城址】沼田城は、天文元年(1532年)に三浦系沼田氏12代・万鬼斎顕泰が約三年の歳月を費やして築いた城です。当時は蔵内(倉内)城と称し、沼田市街地発祥の要で、沼田市の歴史の起点でもあります。築城から48年後の天正8年(1580年)武田勝頼の武将・真田昌幸が入城し、城の規模を拡大します。天正18年(1590年)昌幸の長子・信幸が沼田領2万7千石の領主となり、慶長年間に五層の天守を建造します。その後、5代91年...

同じように、河岸段丘上に築かれた崖縁城「沼田城址」もオススメです。
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そふぃあ
Posted by そふぃあ

最後までお読みいただきありがとうございます。
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Comments 4

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つばき  

名胡桃城址

本当にすごくきちんと整備されているという感じですね。
難しい歴史でも、Dawn太君の案内で、歴史に弱い私でも、なんとか、ついていけました。

2019/04/09 (Tue) 15:53
そふぃあ

そふぃあ  

To つばきさん

真田丸のドラマのお陰で、整備予算が出たのではないでしょうか?
見学し易い城址でした。

2019/04/10 (Wed) 08:28

馬太郎(爆)  

ここはまだ

沼田城は、行きましたよ。
真田丸決定前だったから、あまりパッとしなかったけど、
また行くかな~
名胡桃城址は、隣の駅だったんですね。
今度行ってみよう。参考になりました(^^)

2019/04/12 (Fri) 01:42
そふぃあ

そふぃあ  

To 馬太郎さん

私も沼田城は2014年の訪問でしたから、城址公園が感じで憩いの場といった感じでした。
沼田城も立地が似ていて、真田の城づくりが伺える場所でしたね。
名胡桃城はサクッと見学できてしまうので、何かとの抱き合わせ訪問が良いですよ。(;^ω^)

私は、次は岩櫃城辺りにも行ってみたいと思っています。

2019/04/12 (Fri) 08:56