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【新潟三越】令和最初で最後の新春企画「日本のおしゃれ展」と、おめかしライオン

2020年01月10日
お出掛け
16
老舗 イベント Dawn太4歳10ヶ月
古町十字路から見た新潟三越外観

子どもの頃、親に手を引かれて訪れた古町は賑やかな場所でした。なかでも西堀通交差点付近には旧新潟市役所あり、某大手銀行にはエスカレーターが設置されて二階で対応していたところもあり、大和や三越といった百貨店もあり。さらにその後には西堀ローサ地下街ができ、中心街の賑やかさでは別格のような場所であったと記憶しています。

平成元年(1989年)に市役所が移転。平成22年(2010年)には老舗書店「北光社」や大和百貨店が相次いで閉店。市役所跡地に完成した商業複合ビル・NEXT21に入ったラフォーレ原宿・新潟も平成28年(2016年)に撤退し、それとともに同施設内に入っていたスターバックスコーヒーも撤退。

時代の流れとともに古町の光景も変わってしまい、昭和11年(1936年)に小林百貨店として開業し(その前身は明治期に創業の小林呉服店)最後までこの地で踏ん張っていた新潟三越も、郊外型の大型商業施設やインターネット通販の普及によって経営難に追い込まれ、2020年3月22日をもって閉店することが決まっています。

新潟三越玄関とおめかしライオン

新潟三越にとっては最初で最後になる「令和」という時代の初春。
毎年の三越の新春催し展を楽しみにしていた私。新潟三越では最後となるビック企画展にお邪魔してきました。

池田重子コレクション「日本のおしゃれ展」

池田重子コレクション「日本のおしゃれ展」案内板

日本有数の着物コレクターとして知られる池田重子(1925-2015)氏。生涯で集められたコレクションは一万点を超えるといわれています。着物界を代表する目利きのお一人であり、デザイナー・コーディネーターとしても活躍され、近年、レトロモダンがおしゃれであると、若い世代の間でブームとなっている「アンティーク着物」の火付け役としても知られる女性です。

「日本のおしゃれ展」は、平成5年(1993年)に第一回が開催された新宿伊勢丹を皮切りに、その素晴しい着物コレクションは全国を巡回し、幅広い年齢層に支持されて多くのファンを魅了してきました。

大正14年生まれの池田重子氏は、平成27年秋に誤嚥性肺炎により89歳でご逝去されています。その後も「日本のおしゃれ展」は巡回を続け、ようやく新潟の人たちの目に触れるチャンスが巡ってきました。

明治・大正・昭和初期の、最も着物が輝いていた時代の一大コレクション。着物・帯・帯留・和装小物などを池田重子さん流にコーディネートし、およそ50体のトルソーに着付けての展示がなされていました。

撮影スポットにて

会場入口には「撮影禁止」の案内がありますが、とあるコーナーのみ、指定された枠内に入っての撮影が許可されていました。

日本のおしゃれ展の様子

▲羽織姿と半襟の数々の展示

羽織姿展示の中央は「双鶴飛翔の羽織姿」

「日本のおしゃれ展」秋のコレクション
70KB (960 x 739)

▲左から|(昭和)一枚の落ち葉に心を寄せて|(大正)白球追うスポーツの秋|(昭和初期)池田重子「創作シノワ」の原点|(昭和初期)上質を知る異国情緒

「日本のおしゃれ展」総刺繍の丸帯と秋の着物

▲左から|(昭和初期)白綴地牡丹に幔幕模様刺繍丸帯|(昭和初期)白綴地五爪龍模様刺繍丸帯|(昭和初期)鶴子のための鶴物語|(昭和初期)豊穣の美を紡ぐ紫尽くし|(大正時代)ドラマチックな菊尽くし

総刺繍の丸帯の豪華なこと!

「日本のおしゃれ展」晴れ着コレクション

▲左から|(昭和初期)古典美を受け継ぐ引き振袖の花嫁|(明治)小さな姫の慈しみ|(大正)平安王朝の雅極まる振袖姿|(明治期末)重陽の宴

時を重ねたアンティーク着物ですが、日本の四季を感じさせ、ある時は時代に忠実に、ある時は現代風なアレンジあり。一つ一つのコーディネートが洗練させた印象で、新春にも相応しい素敵な企画展でした。

池田重子コレクション「日本のおしゃれ展」

  • 場所:新潟三越7階催物会場
  • 開催日:令和元年12月26日(木) ~令和2年 1月13日(月)

新潟三越閉店までのカウントダウン

閉店までのカウントダウン

幼い頃から馴染みの深い老舗百貨店の閉店。目の前まで迫っていると思うと、何だか切ないですね。

今は閑散としている新潟三越屋上

催し物のため7階まで来ていたので、懐かしい屋上を覗いてみました。

今は冬期なので屋上への出入りも禁止されて閑散としていましたが、私が子どもの頃の百貨店の屋上には遊園地があり、買い物以外の楽しみがあったことも懐かしいです。

「折り紙プロジェクト」千羽鶴チャレンジ開催中

企画展のあった7階フロアのギフトセンターの待合所には、「お客さまと私たちをつなぐ ~折り紙プロジェクト~」と題し、私たち一般客も参加して、メッセージ入りの折り鶴を作るという「千羽鶴チャレンジ」が行われていました。

末っ娘と旦那が仲良く肩を並べ、せっせと鶴を折って参加していました(笑)

「折り紙のおもてなし」 の作品パネル

千羽鶴を折る台の目の前には、2018年8月から2019年9月までの間、新潟三越で開催していたイベントや四季折々の催事記の様子を、折り紙と一緒に紹介した「折り紙のおもてなし」のパネル展示がありました。

折り紙で作った三越ライオン

こういうイベントもあったのですね。

意外と新潟県民はPR下手なんですよね(汗)。現在行われている「千羽鶴チャレンジ」なども、あまり客の目に触れないようなところにあって、告知も十分でない気がして勿体ない気がしました。

写真の三越ライオンと折り紙の三越ライオン

三越のシンボルといったらこのライオン像ですが、新潟三越では今、このライオン像がSNSのスポットになっていました。

おめかしライオンをSNSで発信しよう!

三越玄関前にいるDawn太と三越ライオンのツーショット

これまでも季節に応じ、様々な姿におめかししたことのある三越ライオン。

Dawn太と三越ライオンのツーショット

初売りの正月二日から閉店になる3月22日までの間、三越の外観やおめかしライオンを撮影し、Facebook・Instagram・TwitterのSNSに指定ハッシュタグを付けて投稿すると記念品がもらえるそうです。

令和初の正月おめかしライオン

私としたことが、この日プレゼントをもらわずに帰ってきてしまったので、投稿したInstagramを提示に、また三越を訪ねないとです(汗々)

おしまいに

三越を振り返るDawn太

ボクはお店には入れなかったけど、ボクにだって三越の思い出はあるんだ。

三越とDawn太

ふぅ…。新潟三越、お疲れさま!

DAIDOCO号につられて三越前に出没!

Dawn太、初めて新潟市の中心部へ!政令指定都市…といっても田舎町のなので、人通りは都会とは比べものにならないですが(汗)ちなみに、バックに写る NEXT21…以前は新潟市役所があった場所です。22年間新潟市民だったので...

Dawn太にとって三越前は、街中デビューの場所だったもんね…。

新潟三越とDawn太

また一つ、古き良き時代が終わりを迎えてしまう。

--- Saturday, January 4, 2020 / Dawn太 生後1,776日 ---

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そふぃあ
Posted by そふぃあ
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※撮影した写真の著作権は放棄しておりません
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コメント(16)

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つばき  

2020/01/10 (Fri) 10:17

新潟三越ご苦労様でした

私の住む愛知でもいろいろ様変わりがあります。昔デパートは屋上が楽しみでしたよね。
着物も最近では着る方が少なくなりました。ライオンですが愛知の栄にある三越と少し表情が違います。
ライオンさんとDawn太君とのツーショットが素敵です。記念になりますね。

よつば  

2020/01/10 (Fri) 12:10

懐かしい響き

デパートといえば三越でしたよね~ 屋上遊園地、ありましたね~♪懐かしい
着物の展示も良いですね~どの時代の着物も素敵ですね♡
今の時代では自分で着付けできる人はほとんどいないと思うけど、
成人式には華やかに振袖姿に盛装しますよね~♪

Dawn太くん街中デビューの頃、小さくて可愛いね~♡
今も 勿論可愛いけどね(*´▽`*)

aki  

2020/01/10 (Fri) 16:21

新潟島が寂しくなります。

そうですか、話は聞いておりましたが三越は3月で御終いですか…寂しいですね。
イチムラ、長崎屋、小林、大和、三越…デパート百貨店が昔はこんなに有った新潟島、残ったのは(スーパーだけど)丸大だけ。
百貨店は万代の伊勢丹だけか。。お使い物の包装紙は『三越か伊勢丹』がステータスでした。
贈答品も全国の美味しいものも皆Netで簡単に手に入る時代、手間暇掛からなくて有難いけど…やっぱり寂しいなぁ。

さえき奎  

2020/01/10 (Fri) 17:28

そふぃあさん、今晩は。いつもありがとうございます。
一大繁華街であった古町が、かつての賑わいを失っているという話は
よく耳にしますね。
実は、私の郷里である釧路市でも、かつては4つの百貨店が覇を競い
合っていた北大通りというメインストリートがシャッター街と化して
久しいんですね。今では営業しているデパートは一つもありません。
その様子を実際に目の当たりにした時は本当にショックでした。
全国でも急速にシャッター街化が進んだ典型として、経済紙やマスコミ
にも採り上げられるほどらしいです。釧路市としても、こんなことで
注目されたくはないでしょうが、地元商工会だけではなく自治体、国も
一体になって、本腰を入れて対策を考えなければならない時期に差し
掛かっているような気がします。

NOB  

2020/01/10 (Fri) 20:36

百貨店業界も大変ですもんね!

慣れ親しんだ地場の百貨店が無くなって行くのは寂しいですね!

百貨店と言えば屋上の遊園地、遊んだ思い出が蘇りますが、今は屋上の雰囲気も昔とは違いますね!(;^_^A

ススム  

2020/01/10 (Fri) 22:33

時代の流れ

こんばんは。
小売業(とりわけ百貨店)が過渡期に入って随分たつ中で閉店や廃業を余儀なくされるのは、この新潟三越に限ったことではありませんね。

我々の世代にとっては、正月にお年玉をもらうとデパートでおもちゃや文具などを買うのが定番でした。
屋上の遊園地やレストランで家族揃っての食事・・・過去の想い出は年月を経ることで、我々の頭の中でより美化されて残っていくものでしょう。

今は家族の行動パターンや買い物のスタイルも変化して、たくさんの思い出をありがとう、そしてご苦労様というべきかも知れません。

でも、教育の行き届いた百貨店の接客スタイルは、何かの形で引き継いでほしいものです。
そして従業員の方たちの将来も、明るいものであることを願います。

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 07:50
そふぃあ

To つばきさん

こんにちは。
いつもありがとうございます。

今見ると小さな屋上に見えますが、子どもにとってのデパート屋上の遊園地は特別な場所であった気がします。
着物は昨年秋に着て、良いものであると再確認した時だったので、池田氏の催しに出会えてよかったです。

Dawn太も三越ライオンの前で成長記録があるので、記念撮影の場が減って寂しくなります。

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 07:53
そふぃあ

To よつばさん

こんにちは。
いつもありがとうございます。

老舗百貨店の閉店、ニュースになった時からショックでした。
新年になってカウントダウンもはじまると猶更のこと。
屋上の思い出も、こんなこともなければ思い出さなかったかも。

昨年秋に着物を着る機会がありましたが、母の着付けが一番楽だったと思い出しました。
Dawn太の街中デビューの場所も、どんどん変化していきます。

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 07:59
そふぃあ

To akiさん

こんにちは。
いつもありがとうございます。

新年を迎え、三越もいよいよの時が近いです。
近年は催し物目当てで何度か通いましたが、幼い時の楽しい思い出まで蘇って、今は非常に残念な気持ちでいっぱいです。
「三越の紙袋」なんて言っても、知らない世代も出てくるのでしょうね。

丸大(イトーヨーカドー)も、新潟市内のみになってしまいましたね。
長岡や柏崎のお店は何度か利用したことがあるので、閉店してしまって不便を感じます。

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 08:06
そふぃあ

To さえき奎さん

こんにちは。
いつもありがとうございます。

> 北大通り
お名前伺ったことがあります。
この不景気な時代ですから、どこも同じようにシャッター街の問題を抱えているのですね。

バブルの時代も知っている世代だけに、この実情は寂しいものですし、困った問題だと思います。
景気が悪いからと、給料は減って増税すれば、経済が潤滑にまわらないこと、お偉いさんたちは気づかないのでしょうか⁉
無い袖は振れないので、給料カットだけは避けていただきたい。

大手百貨店の閉店は、利用客へのショックも大きいです。
経済の歯車が噛み合って、これ以上の不景気を生まないで欲しいと願います。

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 08:10
そふぃあ

To NOBさん

こんにちは。
いつもありがとうございます。

世の中が変わってしまったとはいえ、大きな企業の閉店はショックです。
娯楽の場も、消費の場も、私たちが子どもの頃とは全く違いますが、実際に目で見て手で触れての買い物まで無くなってしまうような気がして怖いです。
初売りが終わってしまえば、またいつもの静かな店内…
やはりこれではやっていけないのでしょうね。

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 08:15
そふぃあ

To ススムさん

こんにちは。
いつもありがとうございます。

そうですね…創業当初と今とでは、全く生活のスタイルも違います。
時代の流れや変化により、当時のスタイルでは経営できなくなってしまったのが現実なのですね。

スーパーの店員の配慮の無さに、買い物をしながらイラッとすることが度々ありますが、百貨店の丁寧な接客、またどこかで生き残って欲しいと願います。
閉店まで、あと何度通えるかわからないですが、私も感謝の気持ちを持って出かけたいと思います。

さいさん  

2020/01/11 (Sat) 19:24

屋上の遊園地ってありましたよね!
いつの間にか無くなったなぁ~

そふぃあ  

2020/01/11 (Sat) 21:36
そふぃあ

To さいさん

こんばんは。
いつもありがとうございます。

この狭い屋上にって思うと、今からは考えられないですけど、子どものころは楽しかった屋上遊園地。
大きな遊園地ができて、いつの間にか需要も無くなってしまったのでしょうね。
いろいろと寂しくなります。

kyonzy  

2020/01/13 (Mon) 17:54

三越が無くなるのは、なんだか古町の顔が無くなるみたいで切ないですね。
また一つ新潟の名所が無くなる気がして寂しい限りです。

そふぃあ  

2020/01/14 (Tue) 07:23
そふぃあ

To kyonzyさん

こんにちは。いつもありがとうございます。

本当に、古町の顔が無くなってしまうようで寂しいです。
市役所業務が古町ルフルに戻ってきますが、街の活性化に役立つとは、ちょっと思えない感じもします。
これで政令都市はお粗末…。